得体の知れない恐れ

今日も特筆するような出来事はない、平和な一日でありました。
というわけなので、日々頭に湧いた想いなどをまた綴るのです。考え事が湧いてくる時って、風呂中かウォーキング中か仕事中(←すみません)。

-->
恐れのイメージ
板橋妊活日記サムネイル
2017年2月5日 [sun]
周期アイコン2周期目/D17
体温計アイコン36.87℃
治療アイコンカウフマン療法
薬アイコンプレマリン・ソフィア
体調アイコン―(失念)

今日も特筆するような出来事はない、平和な一日でありました。
というわけなので、日々頭に湧いた想いなどをまた綴るのです。考え事が湧いてくる時って、風呂中かウォーキング中か仕事中(←すみません)。
そんなとき最近頻繁に思うのが「もし妊娠できたら誰にいつ報告するか」です。また皮算用的アレな思考で失礼します。

生活上すぐ知らせるであろう旦那を除いて、報告がまず必須であろうところは、私の職場とそれぞれの実家の計3ヶ所になります。
前回の妊娠のときはタイミング的に大学友人グループにも、報告しなくてはならない状況でした(実際は報告前に心拍停止)が、そんな必要がない限り次回は友人・知人関係は出産報告だけでいいかなと思います。
会社はあくまで勤怠の報告の為なのと、一度流産したことは半数には知られているので、そんなに悩まず時が来たら事務的に言えるような気がします。

問題は私の実家なのです。私と両親と姉の関係についてはこの記事→()のとおり、今はあんまりよろしくありません。
妊娠について、特に母親に報告することにどうしても抵抗があります。いろいろ感情が複雑でうまく表現できないのですが、簡潔に言うと、「もしまた流産したら、死産したら、産まれても障害があったら、母は良い顔をしないだろう。その反応に自分が傷つくのが怖い」という気持ちがあります。

私の思い込みであってほしいですが、母はちょっと差別的な表現をする時があります。
父の眼の先天性疾患を話す時、ご近所の障害のある人や子どもの噂をする時、そんな時の母から漂う偏見の空気を幼い頃から感じ取ってきたのです。
少なくとも自身は3人も健常児を産んで働きながら育てた、という自負はかなり強いと思います。なので本格的な偏見ではなく、ちょっとしたマウンティングだと思いますがね。

私は母に対して優等生然としていたかったところがあります。姉の妊娠をきっかけに、もうどうでも良くなって距離をおいたのですが、そんな状態でもまだ母の顔色は私の中では重要なんだと改めて気づかされました。どんな親子関係であれ、母親の存在は大きいと認めざるを得ません。
妊娠できたとして、年齢的にも必ず無事に産まれる保証はないわけですが、「そのこと」を考える時に必ず同時に、母に何て思われるのかを考えてしまいます。母に何て思われるのかが怖くて仕方が無いのです。

流産手術を前日に控えた病室で、母と電話する旦那の携帯から、「どうしてもひとつ聞きたいんだけど、自然妊娠だったの?」と漏れ聞こえた母の声を今だに忘れません。なんで今?っていうさ…。あれはどういう意味で聞いたでしょう。その状況でどうしても聞かなければいけないことだったのかい、お母さん?
「何でも自然がいいわよね」という母の裏の声が読めた気がして、ますます距離を置きたくなったのでした。

そんなわけで、どんなことになっても、出産できた後に心を決めて落ち着いてから報告をしたいと思ってしまうのでした。
流産ときみたいにハートナイーブな状態で刺さること言われるの怖い!現実は無理だろうな。実親に出産事後報告なんてだいぶ少数だろうよ。

にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 妊活へ  にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 不妊(30代後半赤ちゃん待ち)へ      

コメントを残す

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログへ
 
2018年8月
« 8月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
Sponsored Link

プロフィール


めり子
1979年生(2017年現在:38歳)
身長/153cm
体重/基本小太り今は中太り
仕事/デスクワークのパート
趣味/散歩と称した食べ歩き
好物/甘いモノとコーヒーと旦那
苦手/料理と面倒くさい人間関係
icon-arrow-circle-right さらに詳しくはコチラ

最近のコメント

アーカイブ